⑨ついに3年勤めた会社を退職し独立開業

僕は安定した一部上場の大企業に入社しました。

最初でこそ、ゴタゴタしましたが、2年以上の平穏な日々を過ごしました。

そして、ついに勤務してから3年目です。

人生史上最長の勤務期間です!苦笑

しかし、ついにやってきた大炎上プロジェクト。

こんなに炎上したプロジェクトに参加したのは生まれて初めてです。

どうあがいても乗り切ることはできないでしょう。

 

打つ手なし!作り直ししか方法はない!

もはや絶体絶命のプロジェクト。

納期に間に合うということは100%ありません。

今の段階で未完成でかつ修正に時間がかかりそうなバグもちらほら。

 

実はこのプロジェクト、マネージャーは前出の優しい上司だったんです。

でも、だんだん進捗が悪くなってきて、上司が周りから責められるようになったんです。

 

でも、実質プロジェクトを仕切っていたのはイガグリ坊主でした。

それなのに上司のせいにされるのを横で見ていて複雑な気分ではありました。

 

とはいえ、なにも手を打てなかった上司の責任もないとは言えません。

別の人員を注入するなり、納期の延期を交渉するなり、

何らかの手を打つことができたのではないかと思ったのですが、

イガグリ坊主の意見に逆らえず、何も手を打てなかったからです。

 

なので、僕はもう作り直した方がいいと思ったのです。

そこで、こっそりイガグリ坊主に思い切って聞いてみたんです。

 

「これさ、悪いけど、作り直した方がよくないですか?」

「うん、いいですよ、それでも僕は良いと思ってます。」

 

って、おいおい。。。苦笑

固まりましたね。。。

だったら、もっと早く「自分から」言えよと。

 

今のシステムに自信を持っているなら、そんな発言はしないはずですからね。

本人も、もうバグも直らないし、これ以上パフォーマンスも出ないと思ったのでしょう。

 

であれば、損切は早い方がいいですし、その判断ができるのはエンジン部分を含めて、

その大半を作ったイガグリ坊主だけなのですから、なぜもっと早く言わないんだと。。。

 

ついにキレる自分、しかし罪悪感…

そして、次の進捗会議がやってきました。

もうこのころからは、冗談も通じないくらいの暗い進捗会議になってきています。

顧客と接する営業担当さんは、毎度、激怒してます。。。

 

暗い雰囲気で進捗会議が進み、イガグリ坊主の報告が回ってきました。

ところが、そこでもまだイガグリ坊主は強気を崩さず、

周りの非を責めるばかり。

さすがにもう駄目だと思い、ぼくは会社に入って「初めて」と言ってもいいでしょう、キレたのです。

 

部長さんは、おとなしい僕が声を荒らげたことに驚いているようでした。

ぼくも、この会社では大人しい人で通そうと思ったので内心は、

「やっちゃったぁ・・・・。」

と思ったのも事実。。。

 

あぁ、罪悪感。

多分、イガグリ坊主にとっては、唯一の味方だったのかもしれないし。

これは、少し可哀そうなことをしたかな。

また僕の変に気を使う性格が出てきました・・・。

 

鬱による欠席のち退職、ぼくも辞めようかな・・・

さて、その日を境に徐々にイガグリ坊主は会社を休みがちになりました。

すでに、鬱の診断書は取っているようで、

「会社への労災がどうたら・・・」と言っているのを聞いてしまいました。。。

そして、ついに彼は会社を辞めてしまいました。

 

そして、ぼくがプロジェクトをマネジメントすることになったんですが、

もちろん、こんな仕事を「やりたい」わけではありません。

他にやる人がいないので、仕方なく「自分がやる」と申し出たのです。

 

誰がやっても挽回できないですし、他の誰かが代わりにやったら、

今度はその人が辞めてしまうかもしれませんからね。。。

 

ところで、このプロジェクトに対して部署のメンバーは白い目で見ています。

いわゆる「赤字プロジェクト」「お荷物プロジェクト」という目ですね。

今さら頑張っても赤字は覆せませんし、でも、待っている客もいるし、プロジェクトを放棄するわけにはいかない。。。

 

でもね、周りが白い目で見るだけならいいんです。

反主流派の連中が僕に攻撃をし始めたのです。

あーぁ、もう辞めようかなって思い始めたのは、この時です。

 

新たなる敵、ついに主流派は滅びるのか?

僕の部署には主流派と反主流派がいるって話は以前にしました。

簡単に説明しましょう。

主流派は僕を採用してくれた部長さんはじめ、おとなしい、まじめな人たちのグループです。

部長さんの派閥なので強いです。政府軍って感じ。

 

そして反主流派は、いわゆる反政府ゲリラみたいな感じです。笑

ちょっと乱暴で喫煙コーナーでたむろってる、クチの悪い人たち。

 

主流派も最初は良かったんですけどね。

とくに僕が入社したころは、揺らぐことはなかったという印象。

でも、2~3年すぎても、なかなか部署の業績が上がらないことから、

徐々に反主流派につくメンバーが増えてきたのです。

 

そんな反主流派が目を付けたプロジェクトが、この主流派の大炎上プロジェクトでした。

しかも、ぼくがプロマネになったら、ぼくまで嫌味を言われるようになりました。

ぼくも気が立ってましたから、イライラして、主流派のボスをはじめ、

かなり色々な人に噛みついたこともありました。

 

新たな敵ができちゃったなと思いました。

 

とくに、この主流派のボスの一言が強烈に嫌味なのです。

毎日毎日、こいつのせいでイライラしちゃって、ぼくも1日だけ無断欠勤しちゃったくらい。。。

 

でも、だれも反主流派のボスを諫める人はいなかったんです。

ましてや結果をあまり出せてない主流派メンバーが、

反主流派のボスを注意するなんてできるはずもないのです。

ていうか、反主流派のボスが、もはや実質的なボスのような勢いでした。

 

公私ともにボロボロな僕は救いを田舎に求めた

さて、そんなプロジェクトも、メンバーのみんなのおかげでひと段落しました。

遅れに遅れましたが、お客さんにも納品できました。

もちろん大赤字ですけどね。

 

さあ、これからメンテと、パッケージで売り出すための販売活動です。

その頃は僕も、このプロジェクトに愛着を持ってしまってました

部長さんに「責任をもってこれを売りたいから営業に回してくれ」とお願いしたほどです。

もちろん、却下されましたが。。。苦笑

 

この頃でしょうか、部長から今まで使えなかった有給休暇を全部消化してほしいとお達しが来ました。

僕はこの有給休暇を使って、西日本一周の旅に出ました。

行きたいところに自由に行くという車中泊スタイルです。

1週間くらい日本をさまよって、なんて楽しいんだろうと、思いっきりリフレッシュした気分になりました。

 

あちこち西日本の観光地や田舎を周ると「田舎に住みたいなあ」という思いがふつふつと湧き上がってきたのです。

実は学生時代に田舎暮らしを考えたことがあったんです。

なので、田舎暮らしの知識はある程度ありました。

そして、この思いが、だんだんと抑えられなくなったのです。

 

週末は田舎に行って物件を物色、銀行にも打診

前にも書きましたが、その時はプライベートはどん底でした。

会社の周りの人たちも同情するくらいのプライベートの大ダメージです。

 

これだけプライベートで大ダメージを負っていて、

よくあの最悪の大炎上プロジェクトを終えることができたなあと、我ながら感心します。

もう何が起こっても怖くない心境になっていました。

 

僕はその時、田舎に家を建てようと思ったのです。

何もかも癒されてゼロになりたいと思ったんです。

 

毎週末には田舎を車で走りまわりまして。

土地探しに奔走したものです。

とても楽しい思い出です。

 

そしてついに希望の土地を探し当てました。

そしてそこに家を建てることにしたのです。

もちろん貯金なんかありませんから、住宅ローン頼みです。

 

さっそく銀行にも融資の申し込みに行きましたら、さすが一部上場企業です。

すんなりローンも通ったんです。

 

すごいですよ、350坪の広大な土地に、ポツンとアーリーアメリカン風の白い洋風の建物です。

もう待ち遠しくてたまりませんでした。

 

ちなみにその時は会社を辞めるつもりはありませんでした。

超・遠いですが、田舎から通おうと思ったら通える距離だったのです。

 

でも、毎週田舎に通って家が完成する様子を見ていると、

「ここから会社に通うの、やだな」

と徐々に思い始めたのです。苦笑

 

よし、辞めよう!今度の「辞める」はいつもと違う!

家が完成した時には決心は定まっていました。

例の優しい上司に、会社を辞めることを伝えました。

上司もぼくがズタズタのボロボロになっていることに早くから気が付いていたので、

とくに引き留められなかったような記憶があります。

引き留めたら、それこそ鬼だと思っていたに違いありません。笑

 

実はその時は転職じゃなくて独立することを決めていました。

今回は以前のように、大企業に常駐するパターンではなく、

完全に自営業でやっていこうと思ったのです。

営業活動なんてしたこともなかったんですが、なんとかやってみようと思ったのです。

我ながらすごいですね。新たにこれから住宅ローンを抱えるくせに。笑

 

すると、例の優しい上司がとてもありがたいことに、しばらく仕事を回してくれると言ってくれたのです。

やった!これで3カ月は食べていけるぞ!

と喜んだのを記憶しています。

 

じゃあ、4ケ月後はどうかと言う話ですが、ちょっとマズイことになるんですよね。

それはまたお話しします。

 

そして「お別れ会」、「退職」、夢の「田舎暮らし」です!

ついに、会社に退職届を出しました。

みんなに挨拶をしに周ります。

そんな時、過去に一緒に仕事をした、まったく別のフロアの部署の先輩が僕のところに来て、残念だって言ってくれたのは感動でしたね。

 

お別れ会も開いてもらいました。

部長さんの一言が印象的です。

なかなか部署の業績が上がらずボーナスも少なくて申し訳なかったねと。。。

部長さん、なんて優しいんだと思いましたね。

 

でも、最悪なのは例の主流派のボスです。

僕のお別れ会なのに、ずっと主流派の部長に、口論を吹っ掛けていたのです。

やり方がおかしいだの、なんだのと、最後まで僕と話すことなんかほとんどなく、文句に終始していました。。。

最後の最後でロクでもないヤツだなと思いました。。。

 

さあ、でも、もうこれからは、そんな嫌な人の顔を見ることもありません。

夢の田舎暮らしが始まったのですから!

 

ついに、2005年の9月に新しい人生がスタートしました

ちょうど30歳です。

本当にキラキラしていたと思います。

今までとは違うという感覚がしていました。

 

が、現実としては、少しの貯金と、3カ月くらいは生きていける程度の上司がくれた仕事のみです。

それでも、なぜか、絶対にやっていけるという自信があったのです。

不思議ですね。

 

ちなみに最初は法人にせずに、個人事業として始めました

でも3カ月後には法人登記をしました。

お客さんによっては、法人じゃないと契約してくれないケースがあったんですよね。

 

でも、ちょうど3カ月後の法人登記をしたくらいから、以前の会社からの仕事が途切れたんです。。。汗

ちょ、はやくね!?  って感じ・・・。笑

どうなってしまうんでしょうか?

 

⑩人生初めての営業活動は大成功?

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